GPT-6 Astraに約108年前の暗号の解読報告——英艦の航海日誌と一致した電文の中身とは

GPT-6 Astraに約108年前の暗号の解読報告——英艦の航海日誌と一致した電文の中身とは AIを知る

情報確認日:2026年9月21日

「AIが、100年以上も読めなかった暗号を解いた」。そんなニュースを聞くと、コンピューターが膨大な計算で難攻不落の暗号を突破した場面を想像するかもしれません。

今回報告されたのは、もう少し違う種類の面白さを持つ出来事です。第一次世界大戦期のドイツ軍の電文について、GPT-6 Astraを使った解読結果が公開され、その内容に対応する出来事が英国艦の航海日誌に記録されていました。さらに、文字が欠けた別の電文を復元したという追加報告も出ています。[1][2][4]

ただし、「個別の電文に解読結果が示されたこと」と「暗号方式そのものが初めて破られたこと」は別です。 原報告、過去の研究、当時の記録を照らし合わせながら、今回の成果を見ていきます。[3]

第一次世界大戦期の暗号電文、航海日誌、現代のAI調査がつながるイメージ


ニュースの発信元と、二つの解読報告

1918年11月の二つの暗号電文について別々の公開報告を整理した図

まず、誰が何を報告したのかを分け、二つの電文を同じ成果として混同しないところから整理します。

発信元は、利用者による公開報告

直接の発信元は、prinz氏が公開した記事です。9月17日に最初の解読報告、19日に追加報告が掲載されました。OpenAI自身による暗号研究の発表とは区別する必要があります。[1][2]

二つの電文を整理すると、次のようになります。

RICHI-170とRICHI-240の日付と報告内容をまとめた表

出典:prinz氏の9月17日・19日の報告。[1][2]

SNSで一緒に紹介される「英国艦の入港」と「ドイツ軍の配置」は、同じ電文の説明ではなく、別々の報告として読むと整理しやすくなります。

なお、ドイツと連合国の休戦が成立したのは1918年11月11日です。最初の電文は、その後のもの。「大戦終結直前の通信」と一括りにするより、大戦末期から休戦後にかけての軍事通信と捉えるほうが正確です。[3]


電文は何を伝えていた? 航海日誌との照合

RICHI-170の読みと1918年11月24日・26日の航海日誌を照合した図

最初の報告は、英国巡洋艦と連合国艦隊の動きを伝える短い電文です。暗号から得られた読みと、別に残る航海日誌を順に照らし合わせます。

復元されたのは、艦船の動向を知らせる短い報告

RICHI-170について示された読みを日本語で要約すると、英国の巡洋艦がセヴァストポリに入り、連合国の艦隊が26日に続く、という内容です。ただし、巡洋艦の入港日に相当する部分には不明瞭な文字が残り、原報告の英訳でも「?4日」とされています。[1]

ここで重要なのは、解読文に「HMS Canterbury」という艦名がそのまま出てくるわけではないことです。艦名と日付を裏付ける手がかりになったのが、英国巡洋艦カンタベリーの航海日誌でした。[1][4]

11月24日と26日、日誌に残された出来事

公開されている日誌の原画像と翻刻には、次の記録があります。

  • 1918年11月24日:午前10時20分、セヴァストポリ港内のブイに係留。
  • 1918年11月26日:午前11時30分、連合国艦隊が到着。

24日の原画像にはセヴァストポリ港での係留が、26日の原画像には連合国艦隊の到着が記されています。時刻は日誌の翻刻でも確認できます。[4]

英国の巡洋艦が先に入り、二日後に艦隊が来る。解読結果が示す筋書きと、別に残された記録が重なるわけです。入港日の不明瞭な部分を「24日」と読む解釈にも、具体的な裏付けができます。

これは、単に「ドイツ語らしい文章ができた」より一歩踏み込んだ材料です。ただし、歴史的な出来事との一致は、暗号計算そのものの再現とは別の確認です。本稿で独自に確かめたのも、この日誌の記述であり、暗号文全体を再計算して解読結果を追試したわけではありません。


ADFGVX暗号は、なぜ読みにくいのか

ADFGVX暗号の文字置換と列の並べ替えを示した図

電文の読みを評価するには、ADFGVXが文字の置き換えと並べ替えを重ねる方式だと知っておく必要があります。

「置き換える」だけでなく、「順番も崩す」

ADFGVXは、A・D・F・G・V・Xという六つの記号を使う暗号方式です。基本は二段階。まず、アルファベット26文字と数字10個を収めた6×6の表を使い、一文字を二つの記号に置き換えます。次に、その記号列を表に並べ、鍵で決められた順序で列を読み出します。[3]

つまり、元の文章を別の記号に変えるだけでなく、記号の並び順まで崩しているのです。解読する側は、順序を戻してから、二つずつ組にして文字へ変換する必要があります。

イメージとしては、文章を記号のカードに置き換え、そのカードを決まった手順で混ぜるようなもの。途中のカードがなくなり、しかも何枚目が抜けたか分からなければ、単に空欄を埋めるだけでは元へ戻せません。これが、後述する欠落した電文の難しさにつながります。

暗号方式そのものは、以前から解読されていた

ADFGVXの電文は大戦当時にも解読されています。さらに、2016年に公表された研究では、収集された668件の暗号文のうち618件、約93%を読めるドイツ語に復元したと報告されています。[3]

今回注目されているのは、そのような研究の蓄積があるなかで、なお未解読とされていた個別の電文に読みが提示されたことです。「人類が108年間まったく歯が立たなかった暗号方式を、AIが初めて攻略した」と理解すると、これまでの成果を見失ってしまいます。


解読の鍵は「既知の鍵」と「欠けた20文字」

RICHI-170の既知の鍵とRICHI-240の欠けた20文字を整理した図

二つの報告で難しさは異なります。一つは既知の鍵をどの時期の電文へ当てるか、もう一つは失われた20文字をどこへ戻すかという問題でした。

最初の電文:新しい秘密の鍵をゼロから発見したわけではない

RICHI-170で使われたと報告されているのは、TRUPPENVERSCHIEBUNGという鍵語です。これは新しく発見された未知の文字列ではなく、既存の文献に記載されていたものです。[1]

原報告では、この鍵が1918年12月9日以降のものとして扱われていた一方、対象の電文は11月27日付だった点に注目しています。モデルは、鍵の使用時期に関する前提が解読を妨げていた可能性を挙げました。ただし、日付の食い違いが生じた理由は不明です。[1]

ここは「AIが人間の思い込みを打ち破った」と表現したくなる場面ですが、過去の担当者が実際にどの候補を試したかまで、この報告だけで分かるわけではありません。読み取れるのは、既知の鍵でも、適用する条件を見直すと手がかりになる場合があるという点です。

追加報告:240文字のはずが、220文字しか残っていない

RICHI-240は、鍵だけではなく、暗号文の欠落が問題でした。本来240文字のところ、残されていたのは220文字。欠けた20文字がどこにあったかも不明だったと説明されています。[2]

報告によれば、GPT-6 Astraは公表済みの鍵と、欠落位置の候補を組み合わせて試し、出てきた文字列がドイツ語としてどれほど自然かを評価しました。その結果、4行目と5行目の間に欠落を置くと、軍の名称や地名に対応する断片が現れたといいます。[2]

「復号できた部分」と「史料から補った部分」がある

追加報告のポイントは、最後まで暗号の処理だけで完結していないことです。部隊番号に当たる三つの数字が絞り切れず、prinz氏は、当時のフランス側の情報電報を参照して、第217〜219歩兵師団と第6予備師団に対応する数字を補ったと説明しています。[2]

また、復元内容に現れる都市ヴルシャツについて、市の公式な歴史紹介にも、1918年11月10日にドイツ軍の撤退後、セルビア軍が入ったと記されています。[5]

ただし、史料を使って選んだ数字を「暗号文だけから一意に読み取れた数字」として扱うことはできません。復号結果、欠落部分の復元案、歴史資料による補足を分けて示すことが、この追加成果を評価するうえで重要です。[2]


AIの成果として、どこまで言える?

AIの解読結果と作業過程を分けて検証する考え方の図

結果の面白さと評価の確かさを両立させるため、確認できた答えと、そこへ至る過程を分けて見ます。

見どころは、調査と検証をつなぐ作業

今回の二つの報告が示すのは、鍵を探す、候補を試す、文字列を評価する、別の史料と照合するという一連の作業です。OpenAIの公式説明でも、GPT-6 Astraはオンライン調査やソフトウェアの実行を伴う複数段階の作業を扱うモデルとして紹介されています。ただし、その製品説明自体が今回の解読成功を保証するわけではありません。[6]

注目したいのは、回答を一つ生成して終えるのではなく、その回答を調べ直せる形にすることです。例えば日誌の日付を示せば、読者は元の記録を確認できます。推定した数字を明示すれば、別の研究者がそこを重点的に検討できます。

一方、欠落位置を変えながら電文を復元する処理は、以前のADFGVX研究にも登場します。したがって、この事例を「AIが暗号解読の新原理を発明した」とまで説明する根拠はありません。既存の手法と資料調査を組み合わせ、残された問題に適用した事例として見るほうが適切です。[3]

「正しい答え」と「AIがどう出したか」は、別々に確かめる

成果を確かめるときは、二つの問いを分けると整理しやすくなります。

一つは、提示された鍵と手順で、その暗号文から同じ読みを再現できるか。もう一つは、その結果に至るまで、AIと人間がそれぞれ何をしたかです。

原報告には手順の説明がありますが、説明記事だけでは、人間が与えたヒント、試行回数、実行環境、途中の修正などを含む全過程までは追えません。「人の助けなしで、AIが一発で解いた」という強い言い方には、別の根拠が必要です。[1][2]

独立した検証を進めるなら、特に次の材料が役立ちます。

  • 元の暗号文と完全な鍵情報:転記ミスや補正箇所も分かるもの。
  • 再現できる復号手順やコード:推定文字をどこで加えたかも明示する。
  • 作業の記録:モデルの設定、与えた資料やヒント、人間の介入を区別できるもの。

「最初に解読した」という主張についても、prinz氏自身の表現は、自分の知る限り過去の解読例を把握していない、という範囲です。世界初の位置づけまで確定したものとして紹介するのは避けたいところです。[1][2]


エニグマや古代文字にも広がるのか

ADFGVX、エニグマ、現代暗号、線文字Aを別々に評価する図

今回確認できた二つのADFGVX電文から、別の暗号や未解読文字へどこまで話を広げられるかを整理します。

一緒に語られていても、別の成果は別に確認する

SNSの紹介画像には、1941年のエニグマ暗号の解読にも言及があります。ただし、今回の調査では、その主張を検証するための原報告と実行記録まで確認できませんでした。本稿で具体的に取り上げた二件は、どちらも1918年のADFGVX電文です。エニグマの話を、そのまま今回の確認済みの実績に足し合わせることはしません。

同様に、今回の報告は、現代のインターネットで使う暗号を突破したという話でもありません。対象、利用できる情報、解くべき問題を分けて考える必要があります。

線文字Aは、「ドイツ語に戻せばよい」問題とは違う

古代文字への応用には夢がありますが、条件は大きく異なります。今回のADFGVXには、分かっている暗号の仕組みと、ドイツ語という既知の言語があります。

一方、線文字Aについては、専門研究者の解説でも、表されている言語の理解や、解読を支える対訳資料の不足が課題として説明されています。「どの鍵で並べ替えを戻すか」だけではなく、文字と言語の関係そのものを探る必要があります。[7]

これは、AIが貢献できないという意味ではありません。文字の出現パターンを調べる、候補となる読みを比較する、関連資料を探すなど、研究を支援する道は考えられます。ただし、もっともらしい訳文を作れることと、検証に耐える読みを得ることは同じではありません。

今回の報告から広げるなら、「次の謎もすぐ解ける」という予言より、AIが出した仮説を、どの証拠で確かめられるかという視点のほうが実りがあります。


まとめ:面白いのは「答え」だけでなく、確かめ方

約108年前の電文に示された読みが、別に残されていた航海日誌の記録と重なる。今回の話には、そうした歴史調査ならではの面白さがあります。[1][4]

その土台にあるのは、保存された通信記録、過去の暗号研究、公開された史料です。AIの働きを評価する際も、それらの蓄積と、解読後の確認作業を切り離すことはできません。[3]

「AIが答えを出した」で終わらず、「その答えは何と照合できるのか」まで見る。 今回の解読報告は、AIを調査や研究に生かすときの、興味深い実例といえます。

航海日誌と複数の史料を照合する資料閲覧室のイメージ

参考資料・確認範囲

本文の解読過程は発表者の報告に基づきます。航海日誌の原画像・翻刻、過去の研究論文、ヴルシャツ市の歴史紹介を別途確認しました。暗号文全体のプログラムによる追試は行っていません。また、RICHI-240の数字の補完に使われたフランス側電報の内容は、今回は発表者による説明として紹介しています。

[1]: prinz, “GPT-6 Astra Solves a WWI German Radio Cipher”, 2026年9月17日。最初の解読報告、鍵、日付の不明瞭な箇所、鍵の使用時期に関する仮説。https://www.prinzai.com/p/gpt-6-astra-solves-a-wwi-german-radio

[2]: prinz, “Another WWI German Radio Cipher Falls to GPT-6 Astra”, 2026年9月19日。RICHI-240の欠落位置の探索、復元案、史料に基づく部隊番号の補完。https://www.prinzai.com/p/another-wwi-german-radio-cipher-falls

[3]: George Lasry, Ingo Niebel, Nils Kopal, Arno Wacker, “Deciphering ADFGVX messages from the Eastern Front of World War I”, Cryptologia, 2016年オンライン公表。DOI: 10.1080/01611194.2016.1169461。暗号の仕組み、過去の解読成果、欠落文字への対処、休戦後の通信について。本文頁1〜4・13参照。公開論文PDF:https://www.apprendre-en-ligne.net/crypto/bibliotheque/PDF/adfgvx.pdf

[4]: HMS Canterbury航海日誌、1918年11月24日・26日。原史料系列 ADM53-36995。Naval-History.netの翻刻:https://www.naval-history.net/OWShips-WW1-06-HMS_Canterbury.htm / 11月24日原画像:https://s3.amazonaws.com/oldweather/ADM53-36995/0015_0.jpg / 11月26日原画像:https://s3.amazonaws.com/oldweather/ADM53-36995/0016_0.jpg 。Naval-History.netは史料の翻刻サイトであり、同サイト自体を英国政府公式サイトとして扱ってはいません。

[5]: ヴルシャツ市公式サイト、歴史紹介「I svetski rat」。1918年11月10日のセルビア軍入城について。https://www.vrsac.com/Page.aspx?Lang=srb&Page=istorija&Pid=7

[6]: OpenAI, “GPT-6 Astra: A new generation of intelligence”。モデルの一般的な調査・コンピューター利用能力についての公式説明。今回の個別の解読成功を認定する資料ではありません。https://openai.com/index/gpt-6-astra/

[7]: Ester Salgarella, “Cracking the Cretan code”, Aeon, 2022年6月17日。線文字Aを研究する専門家による解説。https://aeon.co/essays/without-a-rosetta-stone-can-linguists-decipher-minoan-script

関連報道

Mark Tyson, Tom’s Hardware, 2026年9月19日。prinz氏の最初の報告を紹介した記事。本文には電文の日付を11月29日とする箇所がありますが、原報告および同記事の掲載史料画像の見出しは11月27日であり、本稿はそちらに従いました。https://www.tomshardware.com/tech-industry/artificial-intelligence/chatgpt-6-astra-cracks-108-year-old-unsolved-wwi-german-code-for-the-first-time-radio-message-sharing-enemy-movement-intelligence-had-evaded-decoding-1918-crimean-fleet-warning-verified-against-hms-canterbury-logs

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